いかにして、統合失調症の姑とうまく関わるか

統合失調症の姑との毎日を綴ります。(*2016.4.4~の入院では、双極性障害と診断されました)

義父の手術と義兄について

こんばんは、haruです。前回の記事にちょろっと書いた、義父の手術が終わりました。今の医療はすごいですね。もう、退院もしましたよ。

 

 

ここ半年くらいの間かな。車で10分くらいのところに住んでいるお義父さんの具合があんまり良くありませんでした。

 

「足が震えて動けない。」と、主人の携帯に連絡があったり、震え出すと心臓があおられて眠れなくて、自分で救急車を呼んで病院へ行ったり・・・。

 

一度、私が神経内科へ連れていって、頭を診てもらったのだけど、軽い脳梗塞はあるものの、それが原因とは考えにくいってことで、湿布だけもらって帰ってきたり・・・。

 

その後も、症状は消えることなく、救急車で行った病院でヘルニアの検査をしたり、自宅近くの外科に行ったり・・・。

 

義父も諦めずに病院をまわりました。(この頃、主人は、身体の歪みとかが原因だろうと、あまり心配していなかった。)

 

最後に行った外科で、「前立腺癌」かもしれないと言われ、もう一度、救急車で行った大きな病院で検査を受けました。

 

すると、やはり前立腺癌。

 

不調の原因がわからないのは気持ち悪いからと、複数の病院をまわってくれた義父に感謝です。

 

ただね、かなり進行はしていて、ステージd。リンパ節や骨への転移も見られたので、前立腺の癌自体の摘除は、することが出来ませんでした。

 

前立腺癌は、男性ホルモンを栄養としているらしく、それをストップさせると、前立腺にある癌だけでなく、転移した癌への効果も期待出来そうってことで、ホルモン療法となりました。

 

注射や飲み薬でも良いのですが、それだと通うのも面倒だし、費用もかかるってことで、「もう年齢も年齢だから、精巣を摘除する手術にするよ。」という義父の選択のとおりの方法で・・・。

 

 

でね、千代さんの入院については、義兄に知らせたって、連絡が来たこともないし、直接、病院へ顔を見せるなんてこともなかったので、ここ数年、知らせてはいませんでした。

 

だけど、今回、義父の手術もありましたし、進行性の癌で、それもかなり進んだ状態での手術でしたから、千代さんの入院のことと合わせて、義兄のパートナーに知らせました。主人がね。

 

だって、こういう人って、何かあった時、なんで知らせなかったんだ?とか、因縁つけてきそうでしょう?保険の受取りが、主人の名前になってるそうだしなおさらです。

 

だから、そういったことを防ぐためにも、一応、知らせておいたって感じ。

 

 

そう、一応。一応だけどね?自分の親が二人とも入院していて、しかも、義父は進行してる癌でってなると、普通、顔見せにくらい来ません?高齢の、義父の兄でさえ、新幹線に乗って、手術当日は来てくれました。

 

すっごくすっごく忙しくたって、連絡の一つくらいしません?世の中に、連絡すら出来ない忙しい人っています?トイレにも行かないくらい忙しいのか??

 

結局、手術の二週間前と直前に連絡したけど、手術前も当日も、もちろん手術後も、なーんにも言ってきませんでした。

 

そりゃ、両親それぞれと色んなことがあって、今でも許せない気持ちがあるのはわかります。だけど、そういうの抱えてて、それでも親の介護をしてる人は山ほどいます。

 

それにね、別に、私と交代して、二人の面倒をみてくれと言ってるわけじゃない。どうして、連絡すら出来ないのか。ほんとムカつく。

 

 

自分勝手な行動のせいで、私の時間を奪っているのが分かりませんか?息子たちですらしないことを、どうして私がしなければいけないの?

 

どうして、「お願いね。」とか、「ありがとう。」とかが言えないの?(ありがとうどころか、千代さんの家に住まわせてもらっていることに感謝しろと言われたことがあります。)

 

こうなると、普段は蓋をして閉じ込めてある思いがどんどん出てくる。

 

納得出来ない思いがいっぱいです。いや、義兄が、千代さんと同じような疾患(統合失調症双極性障害など)を抱えていたとしたら?

 

うん、それだったら納得出来る。だって、千代さんと言うことやることが似てるもん。(多分、何か抱えているだろうなと思っています、ずっと)

 

 

そして、明日から、千代さんの外泊(今度は二泊三日らしい)が始まります。あー・・・、もうすぐ退院だぁ。

策士な主人と単純な私

こんばんは、haruです。

 

先週の外泊練習が中止となり、次はいつ?という話を、前回の記事で書きました。その時に書いたとおり、自分からは意地でもその話を主人に振ることしませんでした、私。

 

主人がどう切り出してくるかを、じっくり待って、様子観察してたのです。そう、私なりの策です。

 

 

昨日の水曜日、息子の通う幼稚園は、職員会議のため午前放課。いつもはバスで帰ってきますが、「車でお迎えに行って、帰りにお昼ご飯食べに行こう。」という主人からの提案があり、「ご飯作らなくていいんだー!」と、私もその話に乗っかりました。

 

普段なら、近くのラーメン屋とか回転ずしに行くのに、今日は、「洋食屋さんかフレンチの、どっちかに行きたい。」と主人。

 

迎えにいく車の中でフレンチに行くことに決め、私がウキウキになった、その数分後・・・。

 

「お母さんの外泊だけど、明日でどうかね?来週は、お父さんの手術もあるし、出来ないから。」だって。どうかね?って、嫌って言ったらやめてくれるの?何故に私に聞く?(心の声)

 

 

流れとしては、お迎え→フレンチ→公園で温室のお花見たり、ボート遊びしたり→紅茶の美味しいお店でケーキセット。これじゃあ、心の声は封印するしかないじゃないか!!

 

真田昌幸か?って突っ込み入れたくなるくらいの策士っぷりでした。私の策に、策をかぶせてきやがった(笑)

 

というわけで、今日の午後から一泊で、千代さんの外泊練習3回目です。 

認定調査

こんにちは、haruです。先週の木曜日、病院にて認定調査を行いました。

 

午後2時から始めたのですが、結構時間がかかり、主人の仕事始まりの時間もありましたので、先週の外泊練習は無しになりました。(ちょっとラッキー。)

 

前にも書きましたが、高齢者用に作られた認定調査の項目では、千代さん、ほとんど引っかかるところがありません。ほとんどが、「自立」となるでしょう。

 

身体的な衰えや、機能的な問題などないんですもん。となると、「出来ない」ではなく、「やろうと思えば出来る」→「出来る」と思われてしまうんですよね。

 

でも、ちょっと待って!「やろうと思えない」「やろうと思っても出来ない」病気なんですよ!

 

一見、普通に見えますが、それは、お薬が効いて、安定している時だけ。季節や、ライフイベント、ちょっとした刺激で、コロッと豹変するのです。

 

ここんとこを調査では理解してもらえない。備考欄に、どれだけのことを入れていけるかが、大きく認定を左右するのだと思います。

 

なので、主人には、幼少時に千代さんから受けた虐待や暴言、生活するうえで困ってたことなどを、細かく打ち出してもらいました。

 

さらに、同居するようになってから現在までの躁エピソードを二人で思い出し、確認し合いながら、これも打ち出しました。

 

・怒ると包丁を持ち出す

・熱した鉄の箸を押し付けられそうになる

・豆腐、鮭、納豆のどれが一品のみのご飯

・繰り返された家出

 

 

・拘りが強い

・一度これと思うと、修正がきかない

・躁になると、スピード違反を起こしやすくなる

・躁になると、買い物をしまくる

・躁になると、投資信託などに手を出す

・躁になると、家を建て替えると言い出す

・躁になると、車を買おうとする

・おじいちゃん(千代さんの父)の杖を持って家の周りを歩くと、東京にいる長男と交信出来ると思っていた

・鬱の時に、首を吊ろうとしたことがある

・天から、家じゅうのものを洗濯しなければ悪魔がやってくるという声が聞こえてきて、家じゅうのものを洗濯した(たたまないで、山ほど放置)

・躁になると、1日2時間しか眠らなくなり、家族相手にずっと暴言を吐きまくる

・躁になると、電話の横に椅子を置いて、あちこち電話しまくり、誰か(特に、私か義父)の悪口言う

・私の不貞を疑ったり、息子の父親が主人じゃないとか、勝手な妄想でキレまくる

・軽躁になると、家族(特に私)の粗探しを始める(とにかく、何か文句を言いたい感じ)

・躁の時、離婚した義父の家に泊まりに行ったり、頻繁に二人で飲みに行ったりした(派手な下着をつけて、まるで恋する乙女)

・躁になると、裸で家の中にいる(主人が覗いて嫌だったとか、因縁をつけてくるww)

 

 

ちょっと思い出そうとしただけでもこれくらい出てきます。今だから、面白くて笑えるものもありますが、その時は、ほんとに大変。

 

地獄ですよ、ジゴク。

 

 

なんかね、うちは長男も(長男のパートナーも)いますから、「何で私ばっかり?」とか、「ついてない。」とか、「夫選びを間違えてしまったんじゃないか?」とか、ついつい思ってしまいます。

 

先週、最終回になった、不機嫌な果実みたいに、「夫だけでは、満たされない」というものとは違うけど、主人公の麻也子の気持ちはすごく良くわかります。

 

「間違いない、やっぱり私を損をしている。」って、ついつい思ってしまいますね。

 

 

とにかく、認定調査も終わり、後は退院に向けて、千代さんも家族もリハビリです。

 

今週は、外泊あるんだろうなぁー・・・。主人に「いつ?」って聞きたいけれど、私から聞くのも違う感じがして、その話題には触れないようにしています。主人も何もいいませんし。

 

多分、私の機嫌が悪くなるから言わないのだろうけど、いきなり「今日から2泊外泊練習だから。」とか言われるのは嫌だー!!!

「お嫁さん、頑張って。」

こんにちは、haruです。今、千代さんが病院へ戻りました。ほっ・・・。

 

 

話が前記事と前後します、すみません。先週(一度目)の外泊の時に、主治医やケアワーカー、看護師と話をした内容について、少し書き足しておきますね。

 

 

入院したのが4月4日なのですが、その前の月、3月いっぱいで、千代さんの介護保険は切れています。入院を控えていましたから、認定調査がいつできるか分からなくて、申請を先延ばしにしたのです。

 

 

今回、あと1ヶ月もすれば退院ということで、認定調査の話も出ました。となると、当然、退院後の生活についても話し合いました。

 

主治医が、「千代さん、どうします?退院後は「家」、でいいですか?まあ、家に帰るわけなんですけど、暇を持て余してしまうと言う方もいらっしゃいますし、デイサービスとかに行くってことも出来ますよ。」と、千代さんに聞いたんです。

 

すると、「デイサービスには行きたくありません!」(キリッ!)と言い放った千代さん。

 

ちーん・・・・。沈黙・・・(笑)

 

 

「いやいや、ご家族の意向もありますでしょうし、話し合ってみてくださいね。」と、シドロモドロの先生。

 

 

主治医「千代さん、早く帰って、頑張って働きたいですよね。」

 

千代さん「はい!」

 

主治医「そうですよね。でも、頑張っちゃいけないんですよ。双極性障害は、よい刺激も、もちろん悪い刺激もよくないんです。ここは、お嫁さんに頑張ってもらって・・・。ね?(と、私に顔を向けた)」

 

 

こんなやり取りをしてたと思います。でも、ちょっと待って!!!!

 

 

頑張って働きたい?だって、普段、寝てばっかりで、何にもしないじゃん?乾燥機付きの全自動洗濯機に、ポイッと自分の洗濯物を入れて、仕上がったらたたむ。それだけでしょ?千代さんがしてること。

 

 

私を女中のようにあごで使いながら、寝てばっかり。薬で眠いのは分かる。でもね、先生、頑張っていない人に頑張らなくていいと言って、頑張ってる家族に頑張れというのは、ちょっと違う気がしますよ?

 

 

よく、精神疾患の人に、「頑張って」と言うのはいけないと、医学書等にも書いてありますよね。それは、そうだと思います。(時と場合によりますが。)

 

「頑張っちゃいけない。」と、千代さんに言うのも分かるんですよ。だけど、それは、頑張ってる家族のいない場所で言うべきだと思うし、家族には、「頑張って。」って、言っちゃいけない。

 

私は福祉の現場で働いてきましたが、ご家族に対して、「頑張らないで下さい。」と何度も言ったことはあるけれど、「頑張って下さい。」と言ったことはありません。

 

*同居で頑張ってるご家族がいて、別居しているご家族に対しては、「もう少し、出来る範囲で構わないので、協力していただけませんか?」と言ったことはありますよ。

 

 

うち、主人は次男です。長男は、一切、関わってきません。入院しても、主人は、長男に知らせることはしません。

 

だからって、自分が千代さんのことを全部するかというと、仕事もありますしそうではありませんよね。

 

 

私一人で、どこまで頑張ればいいんですか?と聞きたい。

 

先生、もし、あなたの奥さんが私と同じ立場になった時、それでも、「頑張って。」と言いますか?

外泊練習二回目

こんばんは、haruです。先週に引き続き、今日から千代さんの外泊練習です。

 

病院からは、「何泊にしますか?」と、何気に「二泊でお願いします。」というメッセージを込めた言い方をされましたが、木曜日に息子の参観日を控えているため、それを理由に、「一泊で。」と断りました。

 

ラッキー♪って思ったけれど、来週からは、二泊でと言われるのでしょうね。

 

入院の度に感じますが、この外泊練習が始まると、また、大変な日々が目の前にあるんだという現実を思い知らされて、かなりのストレスになります。

 

結局、患者本人の練習だけでなく、家族へも、「そろそろ覚悟して下さいね。」ってことなのでしょうね。

 

 

帰ってきて、早速言われましたよ。

 

「haruさん。歯磨き粉が無いんだけど。」(で?だから?って、言いたくなる。)

 

「サイドボードの上に置いてあった、ポリデントが無いんだけど。」(入院する時に、箱ごと持っていったじゃないですか!あなたの息子が!!)

 

*()内は心の声です。

 

 

いつもこんな感じなんですが、どうして、「買ってきてくれない?」とか「どこにあるか知らない?」とか、ちゃんと最後まで言葉を繋げないんだろう。

 

「~なんだけど。」って言われると、なんか私のせいみたいじゃない?ほんと、これってムカつきます。

 

主人に言っても、「いつもそう言うよねー。」で終わるから、なおさらムカつく。

 

 

もともとの性格がそうさせるのか、精神疾患がそうさせるのか、嫁と姑という関係がそうさせるのか・・・。もしかしたら全部?(笑)

 

 

私、出身が西日本だから、人に何かを頼む時は、頭に「ごめんやけど。」とか、「申し訳ないんやけど。」とかを必ずつけています。

 

終わりは、「~してくれん?」といった、お願いというよりも、伺うような感じになる。

 

うーん・・・、全体的にぼやかす感じ?

 

関東は、そうではないですよね。かなりストレートに来ますよね。(わかんないけど。うちだけかもだけど。)

 

そういう理由があって、なかなか千代さんの言い方に慣れることが出来ません。

 

なんでいつもこんなに偉そうなんだろう。私は女中じゃない。

壁ドン

こんばんは、haruです。

 

私、ペインクリニックへ行ってきました。もともと、腱鞘炎で通ったりもしたことがあるのですが、今回は違います。

 

原因は、ちょっと前に流行った「壁ドン」です。

 

と言っても、もちろん、斎藤工にされるような、ドキドキするものではありません(笑)

 

 

実は、千代さんが入院する直前、私の精神状態も限界でした。ジャージャーと出っぱなしの尿や、それでもなお尊大な千代さん。入園直前の息子。やってもやってもキリがない家事。

 

もう、どんな一言だったのかも忘れちゃったけど、千代さんから受けた言葉で、ぶちっと切れました。

 

だけど、三歳児はいるし、落ち着かない千代さんもいる。二人にあたるわけにもいかず、右横にあった壁に、げんこつを一発、ドン!!!!!

 

溜まりに溜まった内なるパワーを放出したわけですからね、相当な力だったと思います。自分でやったので、無意識に加減はしていたと思いたいですが・・・。

 

その日からしばらく、すべての指の付け根の関節が痛みました。とにかく、何かをつかもうとすると痛い!それでも、少しずつ軽減されていったので、打撲だと思ってそのままにしておきました。

 

あれから一か月半以上経って、関節の痛みは消失したものの、げんこつにした時に下になる方、つまり、壁に当てた場所の痛みだけは、全く軽減されることなく残っていたのです。

 

子供や主人に手を握られただけで激痛が走ります。

 

これはマズイんじゃ?もしかして、骨折とかヒビ?と不安になってきまして、それで病院へ行ったのです。(だって、主人と手を繋げないのは悲しいじゃん?(笑))

 

だけど、レントゲンをしてみても、骨には異常ありません。また腱鞘炎?と、先生が場所を確認していきますが、どうも違うらしい。

 

 

「んー、こんな場所、壁にぶつけるわけないよね。コンチクショー!!!って、自分でやったんじゃないの?」って、先生に言われてしまった・・・。

 

私、「壁にぶつけちゃって・・・。」みたいな説明をしたんですけど、あれ?バレた?(笑)

 

 

そこから、「実は、同居してる姑が双極性障害で入院する直前だったので、私もも色々と限界で・・・・・・・・○○△△□□。」と話しているうちに、なんかねー、私、泣いてた。

 

実家の親には、心配させたくないからあんまり言えないし、友達にもなかなか理解してもらえないし、主人以外の人に、こんな話をしたのは初めてなんですよね。

 

あー、すっきりした(笑)

 

 

あ、結局、痛みについては、「交感神経が緊張しっぱなしの人は、何かの刺激(ちょっとした小さな刺激でも)が原因で、自律神経の通り道に痛みが残る」のだそう。

 

自律神経の乱れによる疼痛ってことでした。肘の横、肩近く、肩甲骨にブロック注射を打ったら、少し楽になりましたよ。

 

 

この診断、私が千代さんの話をする前に言われたので、ちょっとびっくり。そして、納得。先生すごい!!って感動しました。

 

「何かあったら、いつでもここに話にいらっしゃい。」と看護師さんも言ってくれて、心が軽くなりました。

 

湿布出されて終了~って病院も多いでしょうが、心の痛みまでとってくれるペインクリニックもあるんですね。

 

ほっこりしました。

精神疾患の不思議と苦悩

こんにちは、haruです。千代さんの外泊一回目、無事に終了しましたよ。

 

帰宅した当日、主治医、ソーシャルワーカ、担当看護師の三人が同行してきて、家での様子を見たり、家族と話をしたりしました。

 

ここの病院だけなのか、他もそうなのかはわかりませんが、入院中は、通院時の主治医とは違う先生が担当します。今のところ、入院の度に違う先生ですね。どうしてなんですかね?

 

なので、当然、先生によって、見立ても違うわけで、処方も微妙に変わります。

 

15年くらい前の入院では、「統合失調症」。4年前の入院では、「統合失調感情障害」。今回は、「一番効いているのは、リチウムです。」と言ってたので、「双極性障害」なのでしょう。

 

このあたりが、精神疾患のよくわからないところです。その時々の症状によって、病名が付くのです。いったいどれが正しいの?と言いたくなりますが、「病名が大事なわけでなはい。」らしい・・・。

 

何となくは分かるけど、何となくしか分かりません(笑)

 

 

千代さん、もともとは、高校二年で不登校&引きこもりが発症です。その時は、「鬱病」という診断でした。(千代さんの両親は他界してますから、正確にはわかりませんが。)入院もしています。

 

その後、完治したと言われたらしい。(これは、千代さんの義姉が言ってたこと。)

 

数年後に就職し、結婚もしました。(義父は、千代さんの病気について、知らされないままで結婚。最近になって知りました。)
 
そして、二人の子供を儲けます。(義兄と主人です。)
 
主人が子供のころ、千代さんが通院したりお薬を飲んだりしていたという記憶はないそうなので、全く、治療はしていなかったのだと思います。まあ、完治したと言われてますし、仕方ないですよね。
 
だけど、詳しくは話したがりませんが、今、思えば、あれもこれも、病気のせいだったのかな?と思うことがあるそうです。
 
・トラウマになるくらいの虐待があった。例えば、熱した鉄の棒を押し付けられそうになったり、怒りだすと包丁を持ち出してきたり。
・ご飯のおかずが、豆腐だけ、焼き鮭だけ、納豆だけ。いつも、そんな感じの食事だった。
・何度も家出を繰り返し、主人が小学校五年生の家出の時を最後に、もう、戻ってくることはなかった。
 
等々・・・。
 
これだけでも、ちょっと普通じゃない。だけど、当時、子供だった主人は、千代さんが病気だとは知らないわけで、「どうして?なんで?」という思いしかなかったと思います。 
 
 
その後、義父、義兄、義父の再婚相手などと暮らしてた主人ですが、家庭の事情により、大学生になってから、再び千代さんと一緒に住むようになりました。義兄は、もう上京して大学に通っていましたから、主人だけ。
 
そのまま、その流れで、主人が同居しているのです。
 
でもね、小さなころのトラウマや、自分は捨てられたんだっていう思いは消えない。
 
なので、主人が千代さんと会話する時は、いつも怒鳴り気味で、鬼ような顔になります。というか、ほとんど話をすることはありません。
 
半面、大切だとかあ、愛されたかったっていう気持ちもあるのだとは思うのです。口や態度じゃ辛くあたっていても、分かるじゃないですか。
 
その、自分の中のギャップに、主人本人も苦しんでいるように見えます。
 
 
私も当然苦しいことや辛いこと、叫びたいくらいにムカつくこといっぱいあるんだけど、主人の抱えているものは、また、違った意味で、大きく根深いのだろうと思います。
 
こういった疾患を抱えてる人がいる家族は、みんなみんな辛いのだ。せめて、私たち夫婦だけでも仲良くしなくちゃと思うけれど、それもなかなか難しいね。